東京高等裁判所 昭和27年(う)2783号 判決
〔抄録〕
公職選挙法第四九条第三号同法施行令第五二条第一項第三号の規定によつて医師の作成する証明書は、選挙人が選挙の当日にみずから投票所に行つて投票をすることができない事由が、疾病、負傷、妊娠、不具もしくは産褥にあるため歩行が著しく困難であるべき場合に該ることを証明する文書に外ならないのであるが、さて、この文書によつて証明しようとするのは、選挙人が選挙の当日みずから投票所に行つて投票をすることができない事由としての、「歩行が著しく困難であるべき」事実であり、しかも、この事実が疾病、負傷、妊娠、不具もしくは産褥にあることを原因とする場合である。だから、医師として、この証明書を作成しようとするためには、まず、選挙人が疾病にかかつているかどうか、負傷しているかどうか等を知らなければならないし、又疾病にかかり、負傷していたとすれば、その疾病なり負傷なりの程度が、著しく歩行に困難であるかどうかを確かめなければならない。しかも、これらのことや、医師として専門的知識と経験とをもつてする診察的方法によつてのみ、その正確性を期することができるのである。医師でない者ならば格別、いやしくも医師として、しかも医師の立場において、右の点を知ろうとするには、どうして診察をしてみなければならない筋合であるし、また法律が右の証明書を以て、医師の証明書でなければならないとしている所以のものは、事の正確性を期するがためであつて、該証明書が作成する医師の診察の結果による所見を記載したものであることを予想しているのである。医師が診察の結果に関する判断を記載し、しかも、その記載が疾病とか負傷とかいうような、人の健康上の状態を証明するために役立たせようとする文書としての形式を採る限り、その文書はおのずからいわゆる診断書を以て目さなければならない。かようにして、右証明書が診断書を以て目さなければならないならば、医師は右証明書を交付するには医師法第二〇条の規定に従つて、これをしなければならないのである。たゞ、形式的概念的に事を論じて、証明書であつて診断書ではないというがごとき、或は、診断書は人の健康状態そのものを証明する文書であつて、健康状態に関連する一定の事項を証明する目的をもつものは診断書ではないというがごとき、その他原判決が右証明書と異る所以を論証しようとして判示するすべての見解はみな前示法律の規定を正確せざる所に出でたるものであつて、とうてい人をして首肯せしむるに足る正論とするわけにはいかない。なお取扱上の便宜のため右証明書の様式を一定し、かつ、これを簡明なものとしようとする公職選挙法施行規則(昭和二五年四月二〇日総理府令第一三号)別記第一○号様式の定めを促えて来て、右証明書が診断書でないとする根拠としようとするのは、本末を顛倒する議論であつて、もとより価値がない。
しからば、原判決が被告人において診察をしないで、診断書と目すべき公職選挙法第四九条第三号同法施行令第五二条第一項第三号の規定による証明書を交付した所為をもつて医師法第二〇条に違反する所なしとして被告人に対して無罪の言渡をしたのは、右公職選挙法施行令第五二条第一項第三号にいう「医師の証明書」の意義を誤解した違法の裁判といわなくてはならない。